トルコのトラムを巡る旅④ 観光首都アンタルヤを走る、真っ赤な親子電車
アンタルヤ(Antalya)はトルコ共和国・アナトリア半島の地中海沿岸に位置する都市。
「トルコの観光首都」とも呼ばれ、旧市街カレイチやローマ帝国時代の遺跡、豊かな自然と長大な小石のビーチを誇る温暖なリゾート都市だ。
日本での知名度は高くない気もするが、ロシア人にとってはハワイやグアムのような、また、西欧からすると東南アジアのリゾート的ポジションのようだ。

アンタルヤのトラムシステム概説
アンタルヤにはトルコ国鉄線は走っておらず、現代に入って建設されたトラム・ネットワークが唯一の軌道系交通となる。

これらのトラムは、現代的なLRTであるAntray T1/T3線と、ドイツからの中古車が走る観光向けのNostaljik Tramvay(ノスタルジック・トラムヴァイ)T2線に大別される。

Antray T1/T3では、韓国製とトルコ製の低床連接車が、中心市街地・バスターミナル・空港などを結んでいる。中心市街地では路上を、郊外では専用線を走る良くできた基幹交通システムで、なかなか便利だ。
一方で、このAntrayに先立ち、1999年にアンタルヤで最初に登場した路線がNostaljik Tramvay T2の方。

おそらくはイスタンブール・イスティクラル大通りの、あの有名なノスタルジックトラムの成功を受けて計画されたのだろう。本記事では、このT2について紹介したい。
車両:MAN T4+B4
使用される車両は、元ニュルンベルク市電のMAN T4 + B4。2連結の「親子電車」である。西ドイツの名作「デュワグカー」のような見た目だが、MAN社製であり、ライセンスを受けてるという根拠も見つけられなかった。よって、厳密にはデュワグカーではないらしい。ただし、トレーラーのB4にはデュワグ製造も存在する。最も古い1号車(T4)は1958年の登場で、なかなか歴史ある車両だ。
この車両が3編成所属している。軌間は1435mm。

外観はシンプルで真っ赤な単色塗装。
2010年代は全面広告がはられていたようだが、今は全編成がこの塗装+窓下広告枠となっている。おでこの方向幕部は塞がれ、自治体と交通公社のロゴが書かれている。系統表示機の数字は車両番号を示しているようだ。
車内は木材で美しく化粧されており、なるほどノスタルジック感。木製の座面に腰掛けて、窓を開けて風を浴びながら乗るのは気持ちがいい。観光アトラクションとしての、ちょうどよい「古さ」を感じた。

運行形態と乗車方法
車庫のあるZerdalilikから、繁華街エリアを抜け、旧市街地カレイチの脇をかすめ、博物館に隣接してビーチへのアクセスも可能なMüze電停まで。4.3kmが営業区間だ。
通常は7時台から23時台まで、全日にわたり30分に1本の頻度で運行されている。路線は単線であり、旧市街カレイチ脇のKale Kapısı電停ですべての行き違いが行われる。

中心市街地を通過する関係上、イベントや式典、デモによって日中や終日の運休が発生することもある。こういったものは前日あるいは当日、公式Xや電停の掲示板で告知される。
また、車両故障や軌道支障などで突発的な遅延、運休が発生することもある。これらも電停の掲示板で告知されるのだが、紙に印刷した告知を乗務員が電停に「手貼り」していくという大変アナログな方法…なので、なかなか電車が来ないとき、なにが起きているのかイマイチわからないことも。

自分も滞在中に車両故障に遭遇し、結局50分ほど待ちぼうけを食らう羽目になった。Google mapのレビューにも似たような苦情がみえ、たまにこういうことがあるようだ。
観光に便利な路線ではあるが、こういったトラブルはあるし、そもそも30分に1本と本数も少なめ。観光で時間が限られる場合、並行するバス路線なども調べておくと良いと思う。

運賃支払いはICカードとクレカタッチが使用できる。短期滞在で観光する分にはクレカタッチで十分だが、ICカードよりも若干割高な料金が適用される。
ICカード「AntalyaKart」は主要な停留場の端末で購入可能で、私はバスターミナル(Otogar)で発券した。また市内各所にチャージ用の端末もある。チャージ時はイスタンブールと異なり現金しか使えない。

端末の機能に関する情報は、滞在時に十分に調べたわけではないため参考程度で。デポジット代も考えると、短期滞在ならクレカタッチで十分でしょう。
乗車時は、各車両前方のドアから乗り込んでスキャナにタッチすればよい。1両目は運転士側、2両目も前方に乗務員が座っているので、その扉から。
降車時は、欧州の旧型トラムと同じく、中扉脇のボタンを押して降りればよい。基本どの電停でも一旦停車する(はず)だが、不安な場合はあらかじめ押しておこう。車内放送等は無かった。


沿線風景
先に述べた通り4.3kmの小粒な路線だが、沿線風景はなかなか変化に富んでおり、撮影も楽しい。
Zerdalilik:ローカル感あふれる車庫併設電停
ループ線の真ん中に車庫のある南東側の電停。このあたりはわかりやすい観光地もない?ようで、非常にローカルな雰囲気。それなりに利用があり、意外と地元の方も使っているようにみえた。
建屋に掲げられたトルコ国旗がなかなか目を引く。

Işıklar:アパート・ホテル立ち並ぶリゾート通り
車庫から中心街方向に進む。しばらくは7~8階建てのアパートの立ち並ぶ通りを走る。このあたりはホテルやカフェなども点在し、落ち着いていて滞在にも良いのかも。

Üç Kapılar:ハドリアヌス門
歴史的旧市街、カレイチの外郭道路へ。西暦130年年建造のハドリアヌス門、そのすぐ脇をトラムが通過する。

Üç Kapılar ~ Kale Kapı:中心市街地を抜ける
繁華街エリアへ。このあたりは街路樹と歩道の脇を走り、なかなかフォトジェニックな雰囲気。
専用軌道っぽい雰囲気だが、たまに車も入ってくるようで…。一度路駐と支障し、動けなくなっているのを見た。

ケバブショップの脇を大カーブ。

お茶屋さんや両替商、装飾品店の並ぶ通りを抜けてゆく。

Kale Kapı:旧市街の入口の交換駅
カレイチ散策の拠点となるこの電停。Kale Kapı = 城門 の意味で、おそらく由来となった石積の門の跡が残っている。トラムが行き違うのも注目ポイント。


Cumhuriyet Meydanı:空の広い共和国広場
直訳すると「共和国広場」で、石畳の公園の真ん中をトラムが走る。やや目立たないが脇に電停もある。
広場は海やカレイチを一望できる高台になっていて、昼も夜も人で溢れている。



Selekler:南国海岸道路
繁華街エリアを抜け、南国リゾート感にあふれる広い道路の脇を走る。大きな交差点もなく電車は快走、窓から入る海風が気持ちよい。

Müze:海岸沿い、高台の終点
西端のMüze電停。その名の通り、道路をわたった先にアンタルヤ考古学博物館がある。AntrayのT3線とも接続で、乗り換える旅客も多い。
現代的低床電車から1950年代の親子電車へ…。なかなか不思議な乗換駅だ。

電停の先には、海岸の崖の上の土地をギリギリいっぱい使ったループ線があり、そこで方向転換。少し先には長大な小石のビーチがある。


まとめ
アンタルヤのノスタルジックトラムは、ローマ遺跡の脇を通り、旧市街をかすめ、地中海を望む高台へ――短いながらも濃密な4.3kmを走り抜ける。
遺跡や自然景観を豊富に抱えるアンタルヤは「世界最大の野外博物館」とも称される。この60年以上前に製造された赤いトラムもまた、その巨大な博物館に収まる価値のある産業遺産のひとつと言えるだろう。そしていまも、“生きた展示”として人々の足となり、静かに街を支え続けている。

もしアンタルヤを訪れる機会があったら、ぜひこの小さくて赤い電車に乗ってみてほしい。ほどよくローカルで、ほどよく観光的な、心地良い体験になるはずだ。
補足情報
アンタルヤのノスタルジック・トラムについて、現地で確認できた点をまとめる。やや不十分かつ、一部本文中の内容と重複するが、訪問のさいの参考になれば幸いです。(2025年4月時点)
運賃支払方法
現地交通系ICカードと、クレカタッチ決済が可能。クレカタッチのほうが若干(5リラ程度?)割高な運賃となるが、ICカードは発行デポジットをとられるため、短期滞在ならどちらでも良い気がする。
ICカードは電停付近のチャージ端末で現金でのチャージが可能。カード購入ができる端末は限られている(?)様ですが、バスターミナル(Otogar)のAntray電停では発行可能だった。
都市へのアクセス
アンタルヤには現時点で鉄道はなく、バスや飛行機でのアクセスとなる。イスタンブールの2空港との間でターキッシュやLCCが頻発しており、LCCであれば片道7000円程度と意外とお手頃。近隣都市からの場合はバスが便利で、例えばコンヤからは4~5時間。
T2線のエリアまでのアクセスは下記の通り。
- Otogar(バスターミナル):T3線でMüze方面に乗り終点まで、またはT1線Expo/Havalimanı方面の電車に乗ってİsmetpaşa下車。
- 空港から:T1線のFaith方面に乗ってİsmetpaşa下車。
İsmetpaşaで下車すると、やや離れますがKale Kapı電停が近い。
時刻表
終日30分おきの運転です。両端の始発終電はZerdalilik 7:00~22:30、Müze 7:30~23:00。
イベントによる運休は公式Xで前日~当日にかけて告知が有り、また電停にもトルコ語でお知らせが張り出される。突発的ダイヤ乱れの場合も同様に電停に情報が張り出されるが、手作業でタイムラグが有る上、あまり詳しい情報はない。
トルコのトラムを巡る旅③ 祈りの街コンヤに蘇った、謎の自転車デュワグカー
コンヤ(Konya)はトルコ・アナトリア高原の中部に位置する都市だ。
信仰の街として知られ、中心部には数多の巨大モスクが並ぶ。かつてイスラム教神秘主義教団の拠点があったことでも知られる。緑あふれる高原の宗教都市で鳩も多く、一方で高速鉄道も通じている。なんとなくだが、我が地元・長野市とイメージが被るところもある。

コンヤトラム概説
コンヤでは、かつて馬車鉄道が運行されていたようだが(1908-1933?)今走っているトラムは1992年に新設されたものだ。数ヶ月差ではあるが、イスタンブールのLRT路線(現在のT1)よりも開業が早く、トルコ国内では先駆けといえる存在だ。この頃のコンヤは「アナトリアの虎」として急速に工業化と都市化が進んでいた。
路線は中心市街地と郊外のバスターミナル・大学を結ぶ直線的な線形となっており、大半が専用軌道と高度。本来の意味でのLight Rail Transitといえるだろう。
開業時に投入された車両は、ドイツ・ケルン市電からやってきたデュワグGT8。中古車を導入することでコストを抑えたようだ。
それが2013年にチェコ・シュコダ製の低床連接車に置き換えられた。現在は、メイン系統(150系統、Alaaddin ~ Kampüs)で緑色のシュコダ28Tが2編成連結で、サブ系統(151系統、Alaaddin ~ Adliye)では水色のシュコダ28Tが走っている。旧市街を走るサブ系統には無架線区間があり、トラムもバッテリー走行に対応しているのが特徴的だ。


トラムファンとしてはやはり、旧型のデュワグが走っている頃に来てみたかった。
とはいえ、車庫には保存車がいて、公園のカフェとして転用された編成もいる。なんならサラエボに譲渡されてまだ現役の車両だっている。トルコ初の現代的路面電車の立役者、コンヤ・デュワグGT8の栄光と記憶は不滅である……

というのが、最初ざっくり調べた際にわかっていた情報である。
復活したBisiklet Tramvayı
しかし色々情報収集をしていくうちに、トラムファンにはおなじみUrban Electric TransitのKonya所属編成一覧表、その現役車両欄に「GT8」の文字があるではないか。なんと2020年に一部の編成が復活したらしい!
それがこの車両。

赤いボディに白いライトケースと派手な見た目だが、デュワグGT8の姿をよく残している。大きく描かれた絵が示す通り、自転車トラム "Bisiklet Tramvayı" というのがこの車両の役目。コンヤは「自転車の街」を標榜しているらしく、その取組の一環として走り始めたそうだ。1964年製とかなりの経年車だが、まさかの復活である。
欧州や日本にも、自転車といっしょにトラムに乗れる街はある。しかし、1編成まるごとを自転車専用としている例は珍しい。いわば「トルコ版B.B.BASE」とでも呼べる存在である。

自転車を持っていないと乗ることはできないため、あいにくだが今回は外観の撮影のみ。
駅で観察した限り、車内の椅子が片側撤去され、そのスペースがサイクルラックとなっているようだ。古い車両なのでステップ付きだが、自転車をスムーズに積み込めるよう、扉が開くと自動でスロープが展開される。

運用されているのは中心市街地(Kültürpark)~大学(Kampüs)間で、概ね2時間に1本。停車するのは自転車乗降が可能な特定の電停に限られ、それ以外は通過。詳しくは公式サイトの時刻表を参照してほしい。なお、見ていた限り、特定の電停でも利用者がいなければ通過してしまうようだ。

2025年4月末の訪問の際は、乗車率は大柄なGT8に対してあまり良くはなさそうであったが、これは平日の午前だからだろうか。むしろ、数人とはいえ利用者がいたので、この自転車トラムがちゃんと認知されていることに安心した。
企画倒れに終わらず、5年続いているという事実は、利用者から一定の支持を得ている証拠だろう…と、一人の旅人としては好意的に解釈しておく。

この自転車トラムだが、Xで取り上げたところ、何故かトルコ人からやたらと反応をいただいた。翻訳機能を使いつつ読んでみると「俺達の街にはこれがある!」「日本で話題みたいだよ!」といったポジティブな反応から、「いやこれ紹介するの…?」「おお、やめなって」的な困惑まで差が激しい。

あまり深入りはしないが、トルコのSNSや掲示板(の一部)では各都市ごとにステレオタイプ・ジョーク的なやりとりが発達しているようで……コンヤは、まあ言ってしまえば「超保守的なド田舎」的なイジられ方をしているようだ。一方で、自らの地域に対する誇り・帰属意識が強い、というのもまたあるあるのよう。日本人が「海外の反応」をしていたので、ちょっと話題になった、ということのようだ。
いつの間にかトルコのSNS文化の一端に触れることになった。こういうの面白いよね。お陰でだいぶ話が逸れてしまった。
さらなる復活の可能性も?
コンヤで今走っているデュワグGT8は、この自転車トラムの2編成のみ。しかしながらSakarya電停最寄りの車庫に、大量の車両が留置されている。保存車なのかな…と思っていたが、それにしては数が多すぎる。

少し調べてみると、これらの車両を復活させ、新路線「Barış Caddesi Tramvay Hattı」(バリシュ通りトラム線)に投入する計画が動き出しているとのこと(!)
Konya’da eski tramvaylar sahaya çıkıyor! İşte kullanılacağı güzergâh
https://yatirimlar.com/haber/konya-da-baris-caddesi-tramvay-hatti-icin-ihale-sureci-basliyor_238667
現地ニュースでも「Sakarya電停近くに留置されている旧型トラムの再利用」という言及が有り、状況からみてこれはコンヤGT8の復活だろう。
確かに、トルコリラは暴落続き、海外メーカーであるシュコダから追加編成を調達するのも難しいのだろうが……それにしても、1960年代製のバリアフリー非対応車を再投入するには課題も多いはずだ。
市長の会見では「ウィーンやブリュッセル、ミュンヘンではもっと古い車両が現役」と発言があったようだが、それらは博物館所属の動態保存車両。現役で活躍するブリュッセルのPCCカーやウィーンのE2などと比べても、GT8はさらに一世代古い。
とはいえ、旧型がまた走り出す可能性があるというだけで、トラムファンとしては素直に胸が躍る。本当に復活したときは、ぜひ再訪してその勇姿を確かめたい。

コンヤのトラムは、ドイツ・デュワグ製の旧型GT8からチェコ・シュコダ製の最新低床車へと移り変わり、トルコの現代都市交通の先駆けとして発展を遂げた。無架線区間や深夜運行といった先進的な取り組みもあり、保守的な宗教都市というステレオタイプとは裏腹に、実験的かつ先進的な交通政策が展開されている。
一方で、かつての主役であったGT8は自転車トラム「Bisiklet Tramvayı」として再生され、いまも街にユニークな存在感を放っている。さらに新路線でGT8を復活させる計画まで持ち上がっており、往年の車両が再び街を走る可能性もある。
静謐な信仰の地でありながら、近代的な都市交通の舞台でもある……コンヤは、そんな二面性に魅力を感じる街だった。

補足情報
コンヤトラムは日本語での情報が少ないため、現地で確認できた点を記しておきます。GT8を見に行く場合の参考になれば幸いです。(2025年4月時点)
・きっぷ
ICカード方式。各電停にある緑色の券売機でカード発行・チャージが可能。ただし表示はトルコ語のみ。以前は有人カウンター販売があったようだが、現在は閉鎖されていた。
・アクセス
- Otogar(バスターミナル):電停が隣接しており便利。
- 高速鉄道利用時:Selçuklu YHT駅から徒歩でアクセス可能。駐車場側出口を出ると路面電車のマークが随所にあり、それに従うとKunduracılar電停に着く。なおKunduracılar電停の券売機は混雑が激しく、利用時は要注意。
・時刻表
公式サイト「ATUS(Intelligent Public Transportation System)」に掲載あり。自転車トラムについては「Selçuk University – Alaaddin Bicycle Tram Timetable」(Excelファイル)を参照可能。早発する場合があるので注意。
ATUS - Intelligent Public TransportaSystemstion
トルコのトラムを巡る旅② イスタンブール、もうひとつのノスタルジック・トラム【İstanbul T3】
イスタンブールのノスタルジック・トラムといえば、まず思い浮かぶのはヨーロッパ側・イスティクラル通りのT2線だろう。だが、アジア側のカドゥキョイ地区にももうひとつのノスタルジック・トラム、T3線がある。

一応は「ノスタルジック・トラム」という扱いではあるが、T2線のようにオスマン時代からの博物館級古典電車は走っていない。代わりに活躍しているのは、旧東ドイツ製の小さな「ゴータカー」だ。
赤い標準色の208号は1959年製で、イェーナ市電の出身。製造から60年以上がたち、十分にノスタルジーを感じさせる存在である。
このT3線は、おそらくT2線の成功を受けて「まちおこし」として整備された路線なんだろう。車体に掲げられた「20」は、かつてこの地区で走っていた市電20系統をリスペクトしたものだという。

広告塗装の205号は1958年製で、こちらもイェーナ市電の出身。他にもシェーンアイヘ=リューダースドルフ軌道から来た車両があり、現在T3線には6両が所属している。
路線は時計回りの環状線で、全線乗っても2.6km・20分ほど。平日は7時台から20時台まで、始発終電帯を除いて10分間隔で運行している。土曜は始発が8時半、日曜は10時頃と遅めになるので注意が必要だ。

訪問時は205号と208号が運用入りしていた。複数日通ってもこの2両しか見られず、後日訪れた人の報告でも同じ顔ぶれだった。どうやら同じ車両を続けて使う運用が多いようで、所属する全車をコンプリートしようとすると骨が折れそう……。
ゴータカーは出身地の旧東ドイツではすでに絶滅危惧種。ベルリン近郊のヴォルタースドルフ軌道も新型車に置き換えられ、残っているのは観光鉄道に近いナウムブルク市電とキルニッツシュタール鉄道ぐらいである。その一方で、小型で扱いやすい車体ゆえか、世界各地の博物館には動態保存車が散見される。

では、イスタンブールのT3線はどうか。ここでは動態保存どころか、都市交通として現役バリバリに使われている。ゴータカーらしさを残しつつも現代的に改造された車両が、今なお市民の暮らしを支えているのだ。
観光路線の位置づけではあるのだが、地元の人々も多く利用している。坂の街カドゥキョイの起伏を縦断し、フェリーやメトロ、バスとも結節する路線だけに、日常利用にも便利。小さな車体で小回りのきく環状線は、日本でいえばコミュニティバスに近い役割だろう。

もちろん観光客にとっても、可愛らしい車両と区間ごとにがらりと変わる景観は魅力的だ。撮影派のトラムファンには、むしろT2線よりお勧めできるかもしれない。ここではすべてを紹介しきれないが、各区間ごとの雰囲気をかいつまんで見ていこう。
Kadıköy-İDO ~ İskele Camı ~ Çarşı
海岸から公園を挟んで走る区間。フェリーや地下鉄との接続もあり、レストランも立ち並ぶ賑やかなエリアだ。バスやタクシー、自家用車に揉まれながら、ゴータカーは道路脇をゆっくり進んでいく。

Çarşı 電停
海沿いから離れ、小さなバスターミナルの一角に乗り入れる。大柄な欧州規格のバスと比べると、ゴータカーの小ささが際立つ。
ちなみにすぐ近くのココレチ屋「Olimpiyat Kokoreç」は絶品。滞在中に2度も足を運んでしまった。訪問の際にはぜひ。

Çarşı ~ Altıyol
ここからは急坂を一気に駆け上がる。道路とは分離され、バスレーンと共用の軌道を行く。沿線にはショップの入ったビルが立ち並び、大都市らしいエネルギーを感じさせるエリアだ。

しかし…連結器にタダ乗りする人、T2だけじゃなくT3にもいるらしい。
Altıyol ~ Kilise
坂を上がりきると、歩行者で賑わう洒落た通りへ。原宿や表参道のような雰囲気に、シミット屋台や野良犬・野良猫がトルコらしさを添える。軌道敷は一方通行の道路と共用しているため、トランジットモールのように見えても車やバイクが頻繁に通る。

軌道脇にはボウリング玉ほどのカラフルな石が並び、木々やベンチも多い。のんびり街歩きするのに最適な一角だ。

Kilise ~ Moda İlkokulu
繁華なエリアを抜けると、次第にローカル色が濃くなる。スーパーの軒先に並ぶ果物の鮮やかな色合い、公園の緑。徐々に街の表情が落ち着いていく。

Moda İlkokulu ~ Moda Caddesı
さらに進むとモダ地区へ。ヨーロッパ的な瀟洒なアパートメントが広がり、利用者の多くは地元の人々だろう。近くにはHSBC支店もあり(ここのATMは2025年5月時点でDCC手数料なし!)キャッシングをしたい旅行者にも便利だ。

Moda Caddesı ~ Mühürdar
そして最後は、ボスポラス海峡へと飛び込むように坂を下ってゆく。カメラを構えたくなる有名スポットだが、車の通行も多く、上手くトラムと海を絡めて撮るには何度か挑戦が必要だった。

小さな電車が、繁華な市街を抜け、洒落た通りを過ぎ、静かな住宅街へ。やがてボスポラスへと吸い込まれるように坂を駆け下りていく。わずか2.6kmの環状線のなかで、街は幾度も表情を変える。
ドイツから渡ってきたゴータカーは、博物館に安住することなく、今日も人々の日常を運び続けている。ただの「ノスタルジック」にとどまらず、イスタンブールの暮らしに溶け込む古き良き路面電車。その姿こそ、T3線の魅力だろう。
トルコのトラムを巡る旅① 世代交代迫るイスタンブールのノスタルジック・トラム 【İstanbul T2】
「トルコの路面電車」と聞いて、ぱっと思い浮かんだ景色があったとしたら。それは大抵の場合、イスタンブールの新市街をゆく古風な赤い二軸単車の姿だろう。

イスティクラル大通りをゆくT2線「ノスタルジック・トラム」は、かつてイスタンブールを走っていた古典電車を復活させた、1.6kmの単線路線だ。
市内のトラムは1960年代に一度全廃されているが、1990年に観光の目玉として再建。このとき、博物館入りしていたオスマン時代からの二軸単車が引っ張り出され現在まで活躍している。先の画像の410号はFranco-Belge製で1913年生まれだ。

運行は午前は40分毎、午後~夜は20分毎。最大で2両が運用に入る。
観光路線ではあるがイスタンブールの都市交通システムに組み込まれている。従ってイスタンブールの交通カードやクレカタッチ決済でも乗れるし、料金も他の公共交通と同水準だ。運営はİETT(イスタンブール電力・軌道およびトゥネル局)による。

2025年のトルコは、リラ暴落によるインフレや、有料化・二重価格の導入により、大抵の施設で外国人観光客は高額な入場料金を払うことになる。更にいえば、外国人料金はユーロ建ての場所も多い。円安に苦しむ日本人旅行者にとって、今やイスタンブールはなかなか厳しい街なのだ。
そんな中ではこのノスタルジック・トラムは相当お手頃なアクティビティといえる。もちろん大人気なので、車内は常にぎゅうぎゅう詰めだけれど。

いつも観光客だらけのイスティクラル大通りだけれど、トラムはゴングをガンガンガンガンと鳴らし、人を散らしながら意外とスムーズに走るので、時刻表はかなり正確だ。
そもそもイスティクラル大通りは完全に歩行者天国というわけでもないようで、ちょくちょく自動車が入ってくるため意外と油断ならない。撮影に夢中になりすぎず、車にはちゃんと気をつけよう……。
また、意外なT2線の名物として挙げられるのが「無賃乗車」である。


いやそんな名物があるかいな、という感じだけれど、連結器や乗降用ステップの上に立ち乗りする人をよく見かける。
トラムから人でごった返す街を眺め、そして観光客からの注目を浴びるのが、ワルいイスタンブールっ子たちの娯楽なのだろう。たまに慣れない観光客がチャレンジして落下事故が起きるため、普通に危ない。

トラム沿線には屋台が出ている。銀のボウルに真っ黒な貝を盛っているミディエ・ドルマ(ムール貝詰めピラフ)の立売り、これは異国情緒たっぷり。一方、焼き栗や焼きもろこしもあり、その近くを通ると急に日本の夏祭りみたいな匂いがする。
タクシム広場の端で分岐する線路を辿っていくと、モスクと一体化した車庫がある。中には47号、これもオスマン時代に導入されている車両だ(1913年製)。

以前は車庫が独立しており、トレーラー車やイベント車両を含め多くの所属車両がいたようなのだけれど、今は運用入りする3両のみが残されているようだ。他の車両は博物館に戻ってしまったのだろうか?
さて。そんなイスタンブールT2線だが、古典トラムが行き交う姿を眺められるのはあと少しだけかもしれない。
新型の蓄電池式トラムで古典車両を代替し、架線を撤去する計画が進行中なのだ。すでに「34号」という、ずんぐりとした新型車が導入済みで、2025年5月の訪問時は古典電車410号とともに運用入りしていた。ちなみに新型には連結器がついていないため、無賃乗車もいずれ姿を消すことになるだろう。

34号もまあ、ちゃんと先輩古典電車たちの印象を受け継いではいるのだけれど、本物と並ぶと何か違う感じは否めない。そもそもノスタルジック・トラムを名乗るからには、オスマン時代からの歴史ある古典電車が行き交っていてほしい。

集電装置による制約が無いせいなのか、34号は折り返し場所が微妙に異なる。
このイスタンブールT2線の成功はかなりのインパクトだったようで、どうもトルコには「まちおこしにはノスタルジック・トラム!」みたいな風潮があるように思う。実際に、ドイツから可愛い中古トラムを導入して成功している街もあるのだが、イズミルやゴルバシュなど、イスタンブール風の電動カートを導入し、結局数年も持たずに運行停止してしまった街もある。
であれば、やはり人を惹きつけるのは「本物」あってこそなのではないか。

まあ、景観整備や環境配慮、あるいは車体老朽化、リラの暴落など諸々の理由の前では、こういう気持ちもトラムファンの勝手なものに過ぎないのかもしれない。たぶん、観光客の殆どは、おそらく古典電車と新型車の違いに気づいてもいないだろうし。
いずれにせよ、オスマン帝国時代生まれの古き良きトラムを味わいたい方は、ぜひ今のうちに。

ダルマストーブを求め、記録的豪雪の津軽へ。【津軽鉄道「ストーブ列車」 2025年冬】
客車列車好きとしては一度体験しておきたく、青森旅行のうち1日を割いて乗りに行くことにした。このとき津軽地方は記録的豪雪に見舞われていて、とにかく真っ白な世界の旅となった。
五所川原へ向かう
この日はまず、ホテルのある弘前から津軽鉄道が出ている五所川原までの移動から大変だった。朝の五能線は運休、急遽調べたルートは「奥羽本線の大釈迦でバスに乗り換える」というもの。
その奥羽本線も対向列車遅れ・ポイント不転換と冬の遅延発生ダブルセットで大幅遅延。なんとか大釈迦駅に到着し、今度はバス停までの国道数百メートル、歩道が雪に埋もれて車道の端をそろそろと歩き、バス停なんだか何なのかわからない場所で待つ。
意外なことにバスはほとんど遅れなくやってきて、定時で五所川原に到着。


ここまでで既に冬の大冒険だが、なんとかストーブ列車の初便に間に合った。窓口で津軽中里までの切符とストーブ列車券を購入。
もうホームに行ってよいということで、跨線橋を渡り3・4番線ホームへ。屋根付きのホームだが、足元は吹き込んだ雪で真っ白。3番線に停車中のオレンジと茶色の客車がストーブ列車で、団体用・個人客用と別れていた。


スルメ購入
車内へ。ボックスシートをまるっと1区画確保できた。そもそも、この天気じゃ五所川原に辿り着けた人自体少ないよなあ…。それでもガラガラという程でもなく、全区画はさらっと埋まってしまった。車内はしっかりストーブが効いていて暖かい。
まだ発車前だが、早速車内販売がやってくる。リンゴジュースとスルメを購入すると、スルメは袋を開けておいてくださいね、と言われる。

しばらくすると、続々とスルメが回収されて、ストーブの上で炙られ、アッツアツのゲソ、しばし間を開けてアッツアツのの身が戻ってきた。それぞれ手際よく割かれてまた袋の中へ。ストーブ列車の焼きスルメ、これは食べておきたかった。

津軽五所川原→金木/真っ白な車窓
スルメイベントを済ませた頃、ストーブ列車は発車。車窓はとにかく白い。真っ白である。五能線と別れて川を渡り…と車窓のレポートをしていきたいところだが、白いなあという感想しか湧いてこない。アテンダントさんの案内放送に耳を傾ける。

「この地域では地吹雪体験というのをやっていまして…」何だその嫌すぎる体験は。「雪国出身の方、お住いの方は絶対に参加したくないとは思いますが」あっ、見透かされてる……。「雪を見るのが初めて方もいらっしゃるので、そういった方々にとっては一生に一度の経験として好評なんです」なるほど…。見方を変えればなんでも観光資源にできるもの。1988年からやっている息の長い企画だそうだ。

しかし、今写真を見返しても寒々しい景色。去年は暖冬で雪が少なかったが、今年は流石に雪が多すぎて、そもそも五所川原辿り着けない人が多いとのことだった。
こんな状況でもしっかりと定時運行をしている津軽鉄道は本当に凄い。昨日弘前から出られなくなったりしていたので、それは身に沁みて分かる。
旧型客車オハフ331
車内に目を向ける。乗っている客車オハフ331は1948年製、御年77歳。もうかなり古い車両で、いつまでも運行できるものでもありません、ぜひ写真に残していってください、とアナウンスが入る。



そういえば、窓は開けると閉まらなくなりますので開けないでください、手すりにも体重をかけないように…と、出発前に注意喚起がなされていた。だいぶガタが来ているようにも聞こえてしまうが、しかしこの古老は安定感を持って走ってくれている。
そしてストーブ列車であるからには、ストーブもじっくり観察しておきたい。


そもそもは、津軽鉄道の客車運行では蒸気暖房が使えないので、車内にストーブを設置したのが始まりとのこと。当時はあくまで地元民向けのサービスだったわけだけど、今はディーゼルカーに暖房がついているし、完全に観光用途の扱いだ。
ストーブ料金徴収が始まる前、完全に一般列車として運用されていた時代に来てみたかったな…。


金木→津軽中里
列車は金木駅に到着した。この駅は観光の拠点になっているので、半分以上の人が降りていく。流石に乗ってくる人はおらず、車内にはかなり余裕ができた。さっき載せたような車内の写真を撮ってみたりする。

桜で有名な芦野公園を通り過ぎて、更に津軽半島を北へと進んでいく。小さい駅は通過してしまう。かつては公式に「準急列車」とアナウンスされていたらしく、今も乗換検索だとその表記が出てくる。いいですよね、地方私鉄優等。
金木から15分ほどで、終点の津軽中里に到着した。

駅舎から外に出て、入れ替え作業を見学する。2両編成の津軽21形ディーゼルカーが中里方から五所川原方に付け替えられる。


ストーブ列車といえば、ディーゼル機関車が引く姿をイメージする。しかしこの冬はほとんど津軽21形が担当しているようだ。車両老朽化とか、燃料費高騰とか、固定資産税の減免が3年更新から1年更新になってしまったりとか、色々と難しい事情があるのだろう。
一人の趣味者としては機関車牽引の姿を見てみたかったけれど、とりあえず、できる形でストーブ列車自体の設定を続けてくれているのは本当に有り難い話だ。

津軽中里→金木/ストーブ最前席の旅
入れ替えを見学してから駅に戻る。次は金木まで、またストーブ列車に乗ることにした。窓口で改めてストーブ券と乗車券を買う。ついでに、切符の地紋デザインの手ぬぐいがどうしても欲しかったので買う。改札も始まっていたのでホームへ、車内へ。
なんと、ストーブの目の前の席を確保できた。座ってみたかったんだここ!


喜んでいたが、隣のボックス席の御夫婦から「さすがにストーブの前は暑くて暑くて…」と聞こえてくる。確かに強烈な熱が来るぞここ。いやしかし、折角だからここに座りたい。でも暑い。なにか冷たいものはないか。車内販売が来たぞ。


私はひどく下戸だから、この先の行程に響いたら嫌だから、アルコールは控えようと思っていたのに!!!でも仕方ないですよね。下戸だけどお酒は好きなんです。そして、いままで飲んだ日本酒の中では文句なしに一番美味しかった。さっきのスルメ残っててよかった~~。
津軽中里からの折り返しは乗客も少ないし、先程と顔ぶれはほぼ同じだから…ということで、観光アナウンスは一旦取りやめます、代わりに客車の走る音に耳を傾けてみてください、と粋な計らい。こちらの心理を大変良くわかってらっしゃる。
アナウンスが再開される芦野公園まで、静かな汽車旅に浸る。

金木町
やはり短い15分、もう下車する金木駅だ。日本酒の小瓶だけでだいぶ酔ってしまった。本当に下戸だ。とにかく気分良く列車を降りる。


金木で降りたのは、「斜陽館」、太宰治の実家の見学のため。
別に太宰の猛烈なファンというわけでもないし、道中読もうと思って持ってきた小説「津軽」も全然読めていない(まだ太宰は蟹田にいる)。でも、昨日弘前を彷徨っている最中、弘前駅まで車で送ってくれた優しいお爺ちゃんが「津軽の観光なら、金木にある太宰治の生家、本当にでけえぞ」と、柔らかい津軽弁のアクセントで話しているのを聞いて、行かねば、という気持ちになっていた。
実際とてつもなく巨大な家だった。和洋折衷感が良いですね。

一通り見て回ってから、続いてストーブ列車の撮り鉄。築堤をいい感じに望めるスポットがある。最初行こうとした道は埋まっていたけれど。

あとは物産館で馬肉ラーメンを食べたり、街歩きをしたりしつつ駅に戻る。
戻ってきた金木駅は団体観光客でかなり賑やかで、聞こえてくるのは中国語の響き。香港、台湾、あるいは大陸の南方なのか、詳しいところはわからなかったけれど、あまり雪の降らない地域から来たのだろう。小さな雪だるまを作ったりしていてちょっと微笑ましい。これからストーブ列車の団体車に乗るのかな。

金木→津軽五所川原
帰りはストーブ列車客車の方には乗らず、乗車券だけでよい津軽21形に乗ることにした。せっかくなので両方乗ってみたいのがオタクの性だ。


空いているボックスシートに座るつもりが、席に忘れ物のスマホを見つけ、それを届けたりしているうちに全部埋まってしまった。
津軽21形は2両ついているけれど、乗客を乗せるのは1両に限っているためか、意外と混雑している印象。とりあえずロングシート部に座ることはできた。

忘れ物対応でやや遅れて発車したが、キビキビと走り津軽五所川原駅には定時着。少しだけホーム周辺を見学してから退出した。


除雪車と機関車は雪に埋もれてました。チャーター撮影会とかで活躍しているみたい。

その後は駅前から青森市内方面のバスに乗り、新青森駅へ。結局途中で止まっていた太宰治の「津軽」を読みつつ、新幹線で帰途についた。
ずっと雪道を歩いていたので、体中筋肉痛だけれど、やることやりきったので心地の良い疲労感。
とにかくずっと雪景色といった乗車体験でした。こうなると雪がない時期の車窓も見てみたい。次行くなら岩木山が綺麗に見える時期かなあと思ってます。
普通電車が旧型客車になった日【大井川鐵道「普通客レ」 2023年6月】
2023年6月中頃、大井川鐵道より「普通列車をすべて旧型客車で運行する」という、かなりぶっ飛んだ企画が発表された。
確かに、大鐵はSL運行の為に客車も機関車もたくさん持っているから、これで普通列車走らせてほしい…とは思ったことあったけど、まさか本当にやるとは…。僕は普通客車列車の時代を知らないけれど、故に妙な憧れがあるので、どうにも気になる。

とはいえ運行は6月下旬の平日のみと中々ハードルが高い設定。いや、しかし、ぼちぼち余ってる有給消化しないといけないし…。そう考え出すともう「行く」に心が傾いてしまって、諸々の調整を済ませ、休みを取り、週の真ん中にふらりと旅立つことにした。
新金谷へ
月末の火曜夜、夜行バスに飛び乗り名古屋へ。折角1日休みをとったんだし……と、名古屋で引退迫るキハ85系にチョイ乗りしたり、豊橋に寄ったりとフラフラしてから、15時頃にJRで金谷駅に到着。

客レ普通の初便は、お隣新金谷駅から16時10分出発。どのくらい混むのかわからないけれど、席確保のためにも早めに向かっておきたい。しかし大鉄の列車はしばらく無いようで、とりあえず新金谷駅まで歩いてしまった。後で気づいたが、平日は一応バスも走っていたようだ。
新金谷駅は2017年にSL列車に乗りに来たとき以来。窓口でフリーきっぷを購入。

その後、駅前のプラザロコで買い物と休憩…と目を離していると、すでに改札前には軽く行列ができていた。おお…ちょっとこれは、覚悟して早めに並ばないといけないか。
しかし、折角久々に新金谷に来たのだから、少し歩き回りたいもの。線路に沿って駐車場の方に行ってみると、これから走る客レ普通列車を準備中で、元西武鉄道の機関車、E32号が走ってくる。そういえばこの機関車、前来たときはまだ本線復活前だった。構内で動かしてるのを見て、え?動くの??とびっくりした思い出が蘇る。


ひとしきり見学し駅舎に戻ると、もう列が建物の外まで伸びており、あわてて並ぶ。もう夏の気候で待っているだけで暑いけれど、たまに程よく風が吹いて気持ちがいい。


改札の向こうを機関車と客車が通り抜けるのが見えた。ほどなく改札が始まり、ホームへ。公式YouTubeの配信をやったりしているのを片目に、とりあえず席の確保へ向かう。まずは青地に白帯の車両に乗り込み、空いている席を探す。まずは進行方向側に座ることができた。

この日の編成はこんな感じ。
[E101][スハフ43-2][オハフ33-469][E32]
最初に乗り込んだ青地に白帯の客車がスハフ43-2。国鉄で特急専用車両として活躍していた車両であり、日本ナショナル・トラスト所有のトラストトレインとして保存されているもの。なかなか狙っては乗れないので良い機会だった。特急専用車で運用される普通列車なので、これは乗り得(?)である。

お隣の茶色の客車はオハフ33-469。1948年製造。窓下にセンヌキがついているので、車内販売のガラス瓶飲料を飲むならこっちだ。
そして客車2両の両側を、電気機関車E101とE32で挟むプッシュ-プル方式で今回は運行される。

客レに乗って
16時10分、長い汽笛を鳴らし、第11列車として出発。
後方で後押しする機関車E101から、ぐわららららーーーと力強い音が響いてくる。そうか吊り掛け駆動!もう国内じゃ路面電車くらいでしかこの音は聞けないと思ったけど、そうかまだ電気機関車がいた。
動き出すとすぐに「次は代官町」と短く案内。特段、観光案内や列車案内のような放送が入ることもなく、あっさりしていて、あくまでコレは「普通列車」としての運転なのだ、という意思を感じる。

大鐵大井川本線の金谷方は案外駅数が多く、近郊電鉄な雰囲気がある。小さな駅にこまめに停車し、発車の度に機関車からは力強くツリカケ音が響いてくる。普段電車が走っている時刻表を、加速の悪い客車列車でなぞっていくのは中々大変そう。5分程度は遅れる可能性があり、とWebサイトに記載があったっけ。

車内販売がやってきた。お弁当や瓶ジュースなんかを売っているようだが、あいにくこの車両にはセンヌキがついていない。せっかくなのでペットボトルのお茶と、「茶塩ポップコーン」なるものを買って車窓の友とする。

盆地から大井川沿いへ、そしてトンネルへ。トンネルに入れば、後ろの機関車のツリカケモーターがけたたましく響く。ふだんのSL列車なら煙が吹き込まないよう窓を閉めるところだけれど、今日は窓を全開で、走行音と冷たい空気を浴びられる。
16時37分、家山駅へ。出発から30分弱かかったとは思えないくらいあっという間で、しかし濃密な乗車体験だった。此処から先、千頭方面は、この時点で大雨の影響もあり不通のまま。列車は折り返しとなる。

乗り通し目当てであれば、降りずに席を確保しておくのが良いかとも思ったが、じっとしていられず構内を見学しようとホームに降りる。駅舎の窓口はこの日は開いておらず、改札口で車内補充券スタイルの切符を売っている。

停車時間は然程長くないので、早めに列車に戻り、適当に座る場所を見つける。流石に進行方向の窓側は埋まってしまったが、ボックスの空いている場所にお邪魔させていただく。
客レ途中下車の旅
此処から先は何度か途中下車を繰り返して、いろんな駅を訪れて見ることにした。乗り通しと途中下車、どちらをとるか迷ったけれど、大鐵の小さな駅を見て回るいい機会だと判断。とりあえず時系列を無視して、各駅でのエピソードを書きなぐりたい。
代官町
新金谷のお隣、代官町駅で降りてみる。無人駅での乗り降りは、編成中央部で、車掌さんの改札を受けて行う。

代官町駅、シンプルな構内でありながら、カーブしたホームが素敵。僕ともう一人、旅行者が降りた以外は乗車も特になく、そのまま汽車は去っていった。



突然の雨が止むまで駅舎で待ち、折り返してくるまでの時間で別の駅に移動してみよう、と歩き始めた。
数時間後、今度は日切町から歩いてきて、今度は代官町で列車を待つ。

一人だ。すっかり日が落ち、不安になるような薄暮。金谷の街中ではあるのだけど、幹線道路からは奥まった場所で、少しさみしい裏側の雰囲気。カーブしたホームにヘッドライトが現れ、ツリカケ音を響かせて汽車がやってきた。ほっとする瞬間。
日切
1号線バイパスのインターチェンジの下にある、あたらしめの駅。住宅街の小駅といった感じで、通学利用の学生と一緒に降りた。なんてことのない普通の駅で、だからこそ客レの面白みが引き立つのかもしれない。


ちなみに、Google Mapでルートを検索すると、鉄道と並走する国道側からのアクセスを案内されるが、直接行ける出入り口がない。結構迂回する羽目になるし、しかも国道には歩道もないぞ(1敗)。
ブログを書くに当たって改めてGoogle Mapを眺めたところ、「日切駅の正しい出入り口」なる登録があってちょっと笑ってしまった。
合格
合格駅という不思議な名前の駅だが、もともと五和(ごか)駅という名前だったのを、縁起を担ぎ改名したらしい。

1面2線、交換駅の島式ホームで少し大きな駅だが、この時間の家山行に乗る人はおらず、一人待つ。丁度直線に伸びているので、望遠レンズを出してみて構える。踏切の音が響くような気がすると、望遠レンズ越しに機関車を見つけることができた。圧縮効果か、随分とゆっくり向かってくるように感じる。

雨上がりの空のもと、滑り込んできた客レに乗り込んだ。
門出
下車こそしなかったものの、大井川鐵道で一番新しい駅。新東名のICのすぐ横にあって、アクセス抜群! 千頭まで線路が復旧したら、ここからSLに乗るようなプランもできるのだろうな、という立地。

この駅は、横にあるKADODE OIGAWAというガラス張りの施設が印象的。建物の中に蒸気機関車が静態保存されている。この大きなガラスに、列車を写し込んでパチリ。
神尾
大井川沿いの平地が終わった先にある駅。「秘境駅」の枠に入るだろう、集落までも遠く、周りには木々・川・信楽焼の狸しかない駅だ。
この駅で降りるかは随分迷ったのだが(待ち時間も長くなるし)いや、こんな機会でなければ降りないだろうし、と、訪問したい気持ちが勝ってしまった。


2~3人が一緒に降りた気がする。列車がトンネルに吸い込まれると、あとは川の音が聞こえるだけだ。駅の写真を何枚か撮ってから、散策しようかなと歩き始めるも、しかし何か見るものもなさそうだ。幸いベンチがあったので、ゆっくりと座って待つことにする。
写真や動画を撮りに来ている人がいるので、人の気配自体はある。流石にここに一人だと割と不安だ。

小一時間を過ごし、ふたたび列車がやってきた。
この景色の中では乏しい明るい色味、西武カラーの機関車がなんだか眩しい。編成中ほどから、車掌さんに切符を見せて乗り込んだ。
福用
乗ったり降りたりを繰り返す。午後5時丁度に福用駅を出発する瞬間が本当に素敵だった。防災無線から「家路」が流れる中、汽笛の後ドアが閉まり、発車。「次は神尾、神尾」と短いアナウンス、そして力強いツリカケ音とともに加速。「お弁当、人形焼~」と車内販売の声。

郷愁、懐古、安息、忘憂、ぼくの乏しい語彙力では「エモ」より適切な表現を探しきれないのが悲しいが、この列車一番の思い出。
夜汽車の旅
車窓は暗くなる。第15列車で家山駅に着くとすっかり夜だった。



この頃になると車販もほとんど売り切れ。斜向かいのボックスシートはオードブルと缶ビールで盛り上がっている。そんな車内を丸い天井灯の光が照らし、木製の内装と合わせて柔らかい雰囲気。


そして最後の上り便、第16列車。まっくらな大井川沿いをどんどんすすんでいって、やはりあっという間に新金谷。

そして金谷駅に着く前の放送では「ハイケンスのセレナーデ」が流れた。一番好きな車内チャイムなので嬉しいけど、大井川鐵道の車輌でもなるのは知らなかったな。
途中下車を繰り返していたので、そういえば金谷に到着するのはこれが最初で最後。東海道線への乗り換え案内を聞いていると、ああ、旅が終わるんだなという気分になる。JR線と並走し、金谷に到着。

このあと折返して新金谷まで行くのが客レの最終便だが、あいにく今日中に千葉に戻らないといけないし、明日は普通に仕事だ。発車を見送って、JRのホームへ入った。

この週の金曜日からは客車も3両に増結され、さらに期間延長の上の土日運転もあり、と、大変大盛況だったよう。
ダイヤ改正で大幅な普通列車の減便もあったものの、列車を川根温泉笹間渡まで延長した上で、臨時列車扱いで2023年秋冬シーズンにも同様の企画がなされている。このときに連結器が外れるインシデントが起き、以後同様の企画は行われていない。
もちろん安全第一は大前提としても、またやってくれないかな…とは未だに期待してます。
韓国最後の非電化亜幹線を旅する 【韓国鉄道公社 長項線 2024年5月】
韓国の鉄道といえば、高速鉄道KTX、ソウルの首都圏電鉄、そしてなんといっても大陸流儀の客車列車!というイメージ。
とはいえ、客車列車はどんどん電車への置き換えが進み、近年は減便・減車が続き先も見えているようだ。まだまだ走っているうちに乗っておきたいなと、連休を利用して訪問することにした。
今回乗る/撮るのは長項線(장항선/Janghang Line)。電化・複線化・線形改良が進む韓国の鉄道の中で、ある程度まとまった本数の客車列車が走る最後の砦だ。

駅の多い天安~洪城は大幅に縮尺を誤魔化しているのでご注意を。
韓国旅行2日目。釜山観光を終えてからKTXで天安牙山(천안아산/チョナンアサン)駅まで、そして乗り換えて天安(천안/チョナン)駅まで移動し、駅前のホテルにチェックイン。翌朝からは長項線に一日つきっきりで乗車・撮影する。
天安→靑所
なんとか6時前の起床に成功して、ホテルをチェックアウト。天安駅の窓口で「靑所 (청소/チョンソ)」までの切符を購入し乗り場に向かう。

長項線と首都圏電鉄1号線は構内を共用している。韓国は長距離列車と電鉄(都市圏電車)とで構内を厳密に分けているが、ここは珍しい例外だ。共用の構内ゆえ、これまたKORAILの長距離列車では珍しくホームに行くために自動改札を通る必要があり、レシートの切符に印刷されたQRコードをかざして通過する。
階段を降りてホームへ。片側が電鉄向けの高床ホーム・もう片側が長距離列車の低床ホームという構造が独特。低床側で列車を待つ。

7時少し前にソウル方面から列車が滑り込んできた。先頭で引っ張るのは国旗カラーの7400形ディーゼル機関車で、賑やかにアメロコらしく唸っている。
ステップをよじ登り、車内へ。全席指定席、特に希望は出さなかったが窓側席だった。ソウル龍山駅を5時台に出てきた早朝列車と言う割に、思いの外人が乗っている気もするが、まだまだ窓側にいくつも空きがある。とりあえずは指定された席に座ろう。

列車は滑らかに動き出す。スピードが乗ってくるとスルスルキシキシと走る、あの客車列車独特の乗り心地。客車はやはり静かだなあと思っていたが、トンネルに入ったときに前方から強烈なアメロコのエンジン音が響いてきた。かなりの爆音のようだ。

長項線の天安側は、ソウル方面からはるばる電鉄1号線が直通してきており、時折フルスクリーンホームドアの電鉄駅を通過する。
京畿道境を超え忠清南道までベッドタウンが広がってるとは、ソウルの通勤圏ってどれだけ大きいんだ?と思ってしまう。ただ実際は、天安のあたりは政府組織や科学系の研究団地なんかが集積し、ソウルからの通勤者もいる程だ、と後ほど教えていただいた。そういった方々の住宅需要もあるのだろう。
牙山駅(아산/アサン)に到着。ここはKTXと接続駅で、KTX側の駅名が天安牙山(천안아산/チョナンアサン)。駅名で揉めたんだろうなあというのを感じる。

ここはKTXと長項線の乗り換え駅。KTXと長項線の通し切符も出せるのだが、それぞれのホームはかなり離れている。昨日乗り継いでくるときも構内で迷ってしまった。高速鉄道と在来線の乗り換えがままならないの、万国共通なのだろうか。

続いて温陽温泉(온양온천/オニャンオンチョン)、道高温泉(도고온천/トゴオンチョン)、と、温泉と名前のつく駅に止まっていく。温陽温泉はヘルスセンター的な立ち寄り湯が多いようで、また日本の温泉地とは違った雰囲気がありそう。
長項線で一番早く開通したのがこのあたりの天安~温陽温泉間。日本統治時代に朝鮮京南鉄道が開業させている。とりあえず温泉地まで開通させるのは、こりゃ日本資本ですね……実際に当時の吉田初三郎の鳥瞰図にも温泉がデカデカと書かれていたり。もっとも、最近の大規模な新線切り替えで、開通当初の線形はほぼ残っていないようだ。

新禮院(신례원/シルレウォン)、禮山(예산/イェサン)、挿橋(삽교/サプキョ)と、高架線上をムグンファはかっ飛ばす。この先洪城(홍성/ホンソン)までは電化区間だが、2024年5月時点ではこの区間に電車の運転がなく、折角の電化設備も開店休業状態。電鉄1号線も温陽温泉~道高温泉間の電鉄駅、新昌(신창/シンチャン)で終点になる。
洪城の手前で右手から別の高架線が近づいてくる。この時点では未開業の「西海線」で、ソウル市内を経由し金浦空港まで向かう最高速度260km/hの準高速新線だ。このあと2024年11月に開業し、長項線の電化区間と合わせて環状運転をしているとのこと。

洪城の少し先からは地平を走る非電化単線区間となり、ようやくローカル線らしくなってきた。車窓からは線路に沿って土木工事をやっているのが見え、これがどうやら新線の工事らしい。こののんびりした雰囲気が味わえるのあと数年か。


廣川(광천/クァンチョン)駅に到着。駅前に市場があるのが見えて大きな町のよう。駅構内でも新線化関連の工事をしているようだ。ここを出ると、車窓から新線工事も見えなくなり、緑豊かな山裾の田園地帯をキュラキュラと揺れながら快走していく。
最初の目的地の靑所駅には8時11分に到着した。
靑所(청소/チョンソ)駅
ステップを降りホームへ。1面2線の交換駅で、狭い低床ホームの両側にムグンファ号が止まっていて圧迫感がある。駅舎に向かう構内踏切は龍山行き列車が塞いでしまっているから、他の下車客とともにホームにたまり、発車を待つ。

大混雑という程でもないけれど、まとまった数の降車があった。ハイカーの格好の中高年もいれば若い世代もおり、当時1日4往復の超ローカル駅にしては意外と利用がある。さて、みんなどこに行くのだろう…。
龍山行きが出発し、構内踏切が使えるようになる。お手洗いに寄ってから駅舎へ。


1961年築、国家登録文化遺産305号の激渋駅舎。
レンガ造りに爽やかな白と水色の塗装、そして瓦屋根。これが韓国ローカル駅の標準的スタイルらしいけれど、高規格化に合わせて駅廃止が急激に進んだこの国で、現役の駅舎は数少ないという。窓口も券売機もなく、切符はチケットレスまたは車内で車掌よりお求めください、とのこと。
駅前にはタクシー乗り場と観光案内の看板。短い駅前通りの両脇に商店や食堂が並んで、集落を貫く2車線の幹線道路につながっている。ああこの、濃厚なローカル駅風情!


駅横は小さい公園になっており、フォトスポット的に機関車のオブジェや緑色の旧式のタクシーが置かれている。5.18光州民主化運動を題材にした映画「タクシー運転手」の撮影が靑所駅周辺で行われたらしく、ロケツーリズムの目的地となっているようだ。
帰国後に映画を見たが、駅前の通りが光州市街地として登場していた。しっかり見返さないと気付けないくらいで、ロケ当時の靑所駅前は1980年の韓国そのままの雰囲気を残していたということだろう。

靑所~廣川スリバチで撮影
さて、次の益山方面の列車は13時5分。滞在の4時間を渋い駅舎と町並みを見て過ごそうというわけではなくて、列車撮影に向かおうと思う。廣川~靑所間にはいい感じの鉄道撮影スポットがあるらしい。
国道から踏切道のある方に折れて、その後線路沿いを暫く歩く。

かつては靑所駅周辺全体に撮影スポットが点在していたらしいのだが、ここ数年で線路沿いに鉄柵が立てられてほとんどが潰れてしまった。安全のためには致し方なし、と思うしかないのだろうけど、もう少し早く来ていればなぁ。
田植えに向かう巨大農機を避けながら坂を登りきると、目前の景色が一気に開けた。このあたりが「靑所スリバチ」と呼ばれるエリア。長項線は築堤で一直線に勾配を駆け下り、そして駆け上る線形となっている。

のどかな韓国の春。
道路脇の空き地には踏み跡が残っていて、おそらく別の趣味者がつけたものだろう。なんとなくこの辺かな、と当たりをつけてカメラを構える。
靑所駅に近い方の撮影ポイントでは、益山行の列車を撮影できる。但し線路は東西方向に流れているので、あいにくこの時期(5月)の午前は面逆光になってしまう。

一方、スリバチの谷をまたいで廣川側のポイントは、龍山行列車が撮影可能。こちらはきれいに午前順光になった。


どうも今年の夏以降、草木が伸びすぎて、この構図では撮れなくなってしまったとか…。
来る列車の方面ごと立ち位置を変えていたので、そのたびにスリバチ地形を上り下りし移動する。なかなかいい運動だ。
途中、トラックに乗った農家のおじちゃんに声をかけられる。韓国語経験は授業で1年間だけ、かろうじてハングルが読めるくらいで、会話はからきし。なんとか「いるぼんさらむ」の「ちょるろ・ぱん」すなわち日本人鉄道ファン、と納得してもらえた。不審外国人でスミマセン。
好意的に気にかけてもらえるのは何かと嬉しいもの。お国柄、鉄道写真撮影にNGが出ることもある(らしい)と聞いていたので焦りもしたけれど、特に撮影を止められたり、職員や警察を呼ばれたり、ということもなかった。
しかし良い陽気。木々は青々と伸び、近くの田圃の水がキラキラ輝いているのがなんとも美しい。ハチっぽい虫が飛び交っていたこと、何らかの花粉がカメラにびっしり付いてしまうことには少し困ったけれど。

このときは編成主体の写真を中心に撮影したけれど、今思えばもう少し風景写真をやってみれば良かった気がする。このあと夏を経て草木が伸び、2024年秋時点で編成撮影は厳しくなっているようだが、もし機会があれば風景スナップ目的で再訪したい。
今回は鉄道利用だったけれど、より列車の多い廣川からはバスも出ている。韓国のバスはマップアプリを読めれば案外簡単なので、比較的訪問しやすい撮影地かも。
靑所→長項
歩いて靑所駅に戻ってきた。もうすぐ列車の時間、駅前には送迎の自家用車も停まっており、結構賑やかだ。横の公園で一息ついていたけれど、いつのまにか駅舎の扉があいてホームに行けるみたい。

龍山行の列車が入ってくると構内踏切が塞がれてしまうから、少し早めにホームに向かう。そのうち遠くからジャンジャンと電鐘式踏切の音が鳴り響き、アメロコの轟音とともにゆっくりと龍山行ムグンファ号(13時4分発)が入線。

現行ダイヤ(2025年1月現在) ではこの時間の益山行は通過に変更されています。
その数分後にから益山行が入線してくる。ドアが開いたので近くからさっさと乗り込む。13時5分発車。
乗り込んだはいいが切符がない。先述の通り、靑所駅に窓口や券売機はないし、チケットレスは発車20分前までの発売というのを知らずにいて購入が間に合わなかった。このままだと無賃乗車だから、なんとか車内で切符を買わないといけない。あ、じゃあ、さっき乗り込むときに車掌さんが安全確認してる扉から乗ればよかったのか…。
とりあえず、立席券の客が自由に座れるカフェカー改造ロングシート車に腰を落ち着けた。立席券は指定席よりも安いからか、この車両にも結構人が乗っている。窓際向きのカウンター席なんかもあり、車窓を眺めながらお弁当食べるのにも良さそう。

大川駅でまとまった数が降りて、その後はよりローカルまったりムード。ムグンファ号、指定席は特急列車だけれど、この元カフェカーはローカル線普通列車に近い雰囲気だ。
いやしかし、ここに落ち着く前に切符を買わねば。
そのうち車内巡回が来るでしょう、と思っていたが、特に来る気配がない。基本的に指定席で、かつオンライン購入が基本のKORAILでは、どうも検札というのはたまに抜き打ちでやる程度らしい。こちらから探しにいく必要がある。

結局、車掌室らしき部屋は見つかったのだが、しかしどうにも自信がない。マイクのマークが書いてあったが、ここかが放送室か……? 過去カラオケ付きムグンファ号があった、という余計な豆知識が頭にあり、もしかしたらカラオケ室かもしれないとよくわからない混乱状態に陥る。
結局、駅に停まるタイミングまで待ってみる。扉の中から車掌さんが安全確認のために出てきたので、やはりここが車掌室でよかったようだ。発車後に声をかけ、メモを書いたスマホ画面を見せつつ「Fromちょんそ、Toちゃんはん」と伝える。これで理解してもらえ、少し手間取ったが切符を買うことができた。
日本発行のクレジットカードでも決済ができて、さすがクレカ大国だなあと関心しきり。揺れる車内で名前のサインを求められ、書くのはちょっと大変だったけれど。
指定された席に座り、ようやく一息つく。天安から靑所まで乗った客車よりも一回り古いタイプだった。

車内モニタに目をやると、なんと133km/hの表示で思いの外飛ばしていることに驚く。靑所を出てすぐに新線区間に入り、高架線を力いっぱい飛ばしているようだ。個人的にはローカル線の雰囲気を追い求めてしまうタイプだけれど、高架はなにせ眺めが良いし、開けた田園地帯をカッとばす客車列車というのもなかなか楽しい。
長項駅に到着。

大きい割にはあまり人気のない駅舎を出る。
もともと長項駅は川沿いの市街地にある終着駅で、2008年に川を渡る線路が開通し、ここに移転してきている。それから16年は経っているが、特に開発も進まなかったのか駅前はのどかな雰囲気のままだ。
撮影スポットに向かうため、ここからはバスに乗り継ぐ。駅横に大きめの施設(キャンプ場や植物園らしい)があり、団体バスが多々止まっているが…一般のバス停はどこだろう? 地図の表示とにらめっこしながら歩くと、道路沿いに屋根付きの小さなバス停を見つけた。

事前調査に使ったGoogleMapだと20分毎にバスがあることになっているが、時刻表を見る限りそんな高頻度の路線は無さそう。頑張って読んでみると、なんと目当ての路線は2時間に1本。
あとから知ったのだが、GoogleMapは韓国内では正式なサービスを提供しておらず、ちゃんと情報を得たいなら現地産のネイバーマップやカカオマップを使うべき…とのこと。うーん下調べ不足。
やらかしたな…と思うも、よく見てみるとちょうど14時のバスがあった。帰りはなんとかなるさ、と、とりあえず乗り込む。

車体にハングルしか見えないローカルバスだけど、T-money対応なのでとりあえず乗る。車内放送はないので、地図のGPS表示を見ながらここらへんかな…と思うタイミングで降車ボタンを押し、無事目的地に到着した。
錦江河口堰(금강하구둑/クムガンハクドゥク)
錦江(금강/クムガン)は韓国第三の河川だ。河口部に近いこのあたりで、663年「白村江の戦い」が行われたと推定されている…と聞くと、日本人にもどこか身近に感じられる。川幅はかなり広く、干潮の時間帯なのもあって巨大な干潟が出現している。有名な野鳥観察スポットでもあるとか。
バスを降りたエリアは、小さな遊園地やキャンプ場、ゴルフ打ちっぱなしやプールまであるレジャー施設になっている。コンビニや食堂もあり、休日のお出かけスポットとして一通りのものがまとまっていて、家族やグループの賑やかな声が聞こえいい雰囲気だ。
とはいえ僕の目的は鉄道撮影。カップルが自撮りをしている川岸に向かう。

長項線は道路と一緒に土手道と河口堰を経由して錦江を渡る。早速、セマウル号が高架へ駆け上がっていった。
次の列車は1時間後。俯瞰カットを撮るため、遊園地の奥から小山に登る。

山の上の展望台へ。誰もいないけれど、河口堰の全体を見渡せる想像通りの絶景。
春の午後の陽気の中、遠くから聞こえてくるアメロコの爆音を合図にカメラを構える。



川向いに見えるのは群山(군산/クンサン)の市街地。韓国の大都市といえば林立するタワマンのイメージだけれど、地方都市にまでこんなに立派なスカイラインがあるのはちょっと意外だった。

さてここにも数時間滞在。そろそろ日が傾いてきたので、ぼちぼち移動しないと…今日の宿はソウルなのでまだまだ先は長い。
GoogleMapはアテにならないことは先程よくよく学習したので、一応インストールあったネイバーマップを開いて考える。この近くからバス自体はあるようだけれど、直接群山駅には行かず、乗り換えもありややこしそう。4km程度と群山駅が意外と近かったので、もう歩いてしまうことにし、河口堰をわたる。


河口堰には歩道もあり、安全に徒歩で渡ることが可能。この歩道からもムグンファが撮れたりするが、粘っていたら時間が無くなってしまった。軽く走りながら駅に向かう。


群山駅(군산/クンサン)周辺は開発中途のニュータウンの雰囲気。住民も見かけたので既に入居も進んでいるよう。群山駅も長項駅と同じく、2008年に錦江を渡る路線が開通した際に中心市街地から移転した経緯があるが、こちらのほうが開発が進んでいるようだ。
道と看板だけど空き地だけのエリアもあったり、こういう街開き前夜な雰囲気は大好きでじっくり見て回りたいけれど、流石に今回は時間がない。廃線跡が残る群山の中心市街地とも合わせ、また訪れてみたい。

群山駅窓口で、益山(익산/イクサン)乗り換えでソウルまでの切符を購入。
長項線でも1本でソウルの龍山駅まで行けるけど、益山で湖南線KTXに乗り換えた方が速く到着する。また益山中心市街地からだと高速バスが便利…というわけで、益山からソウル市内へ長項線だけで向かう…というのは、現状だと選択肢には入らないのだろう。
切符を買う時、湖南線系統のKTXはほとんど龍山駅発着というのをすっかり忘れてソウル着のきっぷを要求してしまった。駅員さんを困惑させてしまったが(미안해…)ソウル駅にも止まる幸信行KTXの自由席を発券してもらう。
結果として益山で長めの乗り換え時間ができてしまったが、まあ、適当に駅前をぶらつこう。

群山→益山
群山駅から乗るのはセマウル号。ムグンファより1クラス上の種別となる。
他の線区のセマウル号は電車化されていて、客車運行は長項線が最後。車両自体はムグンファ客車の改造であり、外観をITXセマウル電車っぽく塗っただけだが、車内はリノベーションされている。座席背面テーブルもあり、肉厚なモケットも清潔でなかなか快適。


益山~群山間はかつて「群山線」という盲腸線だったが、錦江河口堰を渡る線路ができた際に長項線に編入されている。最近の高架化・直線化工事で群山線時代の路線を走る箇所は大半が廃止されてしまったようだ。途中駅も大野(대야/テヤ)駅のみに整理された。
夕暮れの田園地帯を飛ばしてあっという間に益山の市街地へ。高層ビルのすぐ裏に水田が残る景色を横目に益山駅に到着し、長項線の旅は終わり。

益山駅で食事をしたり、駅の機関区から流れてくるユーロスプリンターの音階インバータを聞いたりと、適当に楽しく時間を潰し、日暮れ後の湖南線KTXでソウルへ向かった。
むすび
日本からすぐ近くで、標準軌の大型機関車がカッ飛ばす姿を見られるのはやはり楽しいもの。消えゆく韓国の客車列車、今後も訪韓の際は機会を見つけて体験したていきたい。
